鍼灸医術の門:柳谷素霊著(01)/鍼灸の入門者のための必読書

鍼灸医術の門
柳谷素霊著

鍼灸医術の門序

水、米、酒と書いたからとて三題話を始める訳でもなければ、日蓮の君子の造り方を云はんとするのでもない、世に水はH2Oであり、米は含水炭素であり、酒はアルコールとのみ考へている人々に対していささか異論をさしはさもうとする下心からである。
水に硬水もあれば軟水もある、泉水もあれば流水もある、米に上品もあれば、下等もあり、内地米もあれば南京米もある。酒に灘の生一本もあれば合成酒もある。老酒もあれば新酒もある。
我々の実生活にはH2O含水炭素、アルコールよりも水、米、酒の方がぴつたり来る。
水、米、酒はそれ自体がある、どの水飯酒を飲んだり食つたりしても同じ事だなぞと語る手合いには話が通じない。
鍼や灸もその通りだ、鍼の味、灸の味の分からぬものに話しても初まらぬ。況や鍼や灸が機械的刺戟、温熱的刺戟療法だと片付けてゐる手合ひにはH2Oや含水炭素や薬局方のアルコールでも飲ませたり食はして置けばよい。話したつて分らぬ手合には話す張合がない、が、鍼や灸の味わひを知らんとする人は本書を見てもらいたい。そして、鍼を灸を施してもらいたい。
鍼行灸施は芸術だ、道楽心がなければ出来ない業だ、面白いではないか一本の鍼、一撮の艾で万病を治し得たならば、愉快ではないか鍼灸をして万薬の作用をおこさせるとしたなら。
相手は生きものだ、益々面白からう、又やりがいのある男子の仕事ではないか。
この門を通じて案内が分つたら、聖人のおわします、術の薀蓄の積まれてゐる堂奥に参じ、耆婆扁鵲の如き神医となる夢を見るのも又愉快ではないか。
この門が幸ひ前記の念願を満す道標となれば著者の望外の喜びである。敢えて草冠+舞言を連ね序と為す所以である。

昭和廿三年戊子歳春分

於 湘南之地
後学 柳谷素霊

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底本:『鍼灸醫術の門』医道の日本社 昭和23年4月25日発行