『医学節要集』杉山和一著② ~江戸時代の鍼灸の教科書~

後天之事

夫れ後天の元気とは胃の気のことなり。是れ右に論ずる先天に対して易道の上にては天地既に闢け五行生じて東西南北の四方定まりたる以後より論ずる所を後天と云ふ。故に人の身にて中焦胃の気を五行にて云へば土にして五臓六腑より一身の中、爪の端、髪、筋の端までも此の胃の気の養ひにて成長する所にして天地の間の万物土地の気に養はるると一つ、故に医道にては胃の気を直に指して後天と云ふ。素問太陰陽明論に曰く胃土の性万物を生じ天地に法るとある義此の意なり。故に人出生の初めの元気は先天の元気にして此の身既に生じ今日此の身立つことは後天の元気なり。茲を以て人の生死吉凶はみな此の二元気に関るなり。其の胃の気と云ふは人生じて食する所の水穀を胃の腑え受けて中焦に於いて腐熟とこなす。其の中焦は臍と鳩尾との間を八寸に取りての正中に当たる。則ち胃の気の発する所の根本なり。栄衛も亦此に始まる。其の腐熟とこなす所の水穀の濁りて穢らはしき糟は下部の大腸小腸へ運びて大小便となる。其の水穀の清て浄き所の気は中焦に於いて化して栄衛となる。最も栄衛と成るといへども未だ栄衛一体にして胸膈に升り肺の臓に至る。霊枢に曰く上焦開発の衛気とは則ち是なり。また是を宗気とも云ふ。宗気と名る則は中焦より膻中に積気をさして云ふ。然れども其の気のつどひ発する所は左の乳の下動脉躍る所なり。是を虚裏の動と名く。内経に曰く虚裏の動衣に旺ずるものは三年に死すとは是を謂ふなり。
斯くの如く栄衛一体にして肺の臓に升り肺の臓に至て栄衛の二つと分かれ陰となり陽となる。則ち気血の事なり。此の意を案ずるに譬へば風呂の中の湯の煙風呂一盃に充つるまでは煙一体なり。人も亦斯くの如し。栄衛一体にして肺の臓に升ると云ふも湯の煙風呂一盃に充つるまでは煙一体なりと云ふも同じ意なり。則ち栄は陰にして血なり、衛は陽にして気なり。是を譬ふるに湯の煙風呂一盃に充ちて天井に露浮ひて瀝りとなる。案ずるに煙は状なければ陽にして人の気に表し、瀝りは形有れば陰にして人の血に表す。栄は脉中を行き、衛は脉外を行く。其の脉中脉外とは経絡の内を行き外を行くのことなり。案ずるに腎間の動気又は栄衛宗の三気と雖も是を総れば一体なり。然れども今日の上を以てこれを譬ふるに人生れて今日安泰堅固たりといへども水穀を食せざる時は胃の気竭くれば惣身肉脱して死する事三七日を過さず。又腎間の動気は人の性命十二経の根本なりといへども水穀を食する時は色欲猥りといへども忽ちには死せず。此を以て案ずるに人の元気は胃の気なり。

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