『医学節要集』杉山和一著③ ~江戸時代の鍼灸の教科書~

腹の見様之事

内経に曰く夫れ人に五臓とは肝心脾肺腎なり。然るに此の肝心脾肺腎の五臓の中、何れの臓なりとも大過不及無き則は平人なり。平人と云ふは則ち病無き人のことなり。若し何れの臓なりとも大過するか或ひは不及する則はすなはち病有る人のことなり。其の大過と云うは其の臓に邪気盛んなる事なり。不及とは其の臓の不足する事なり。
経に曰く五臓各主る所腹を以て是を定むるに臍を中央にして其の所を定むるが故に臍の左は肝の臓の主り、臍の上は心の臓の主り、臍の右は肺の臓の主り、臍の中央は脾の臓の主り、故に臍の左恒に動気在りて是を按ば塊有るものは肝の臓に邪気在りと知るべし。臍の上常に動気在りて其の所に塊在るものは心の臓に病あり。臍の右常に動気在りて塊在るものは肺の臓に病あり。臍の下常に動気強く塊在るものは腎の臓に病あり。極めて臍の中常に動気強きもの脾の臓に病在りと知るべし。惣じて左の腹に病在るものは大様大過と意得べし。何んとなれば夫れ人は南に向くものなり。故に人の左は東なり。東は春を主りて陽を生ず。故に大過とす。右の腹に病在る者を不及とす。何んとなれば夫れ人は南に向くものなり。故に右は西なり。西は秋を主りて陰を生ず。故に不及とす。古書に春は陽を生ず。故に春初めて万物生ずるとあり。何んとなれば草木は芽を出し花開け虫獣の類までも冬三月穴籠もりして春発生の気を受けて咸其の穴を出るなり。春は純ら陽盛んにして浮み升るが故に斯くの如し。又曰く秋は陰純らにして陽は降りて地中に入り草木の花葉悉く落ち鳥獣の類皆秋の陰気を稟て悉く毛隕つるなり。是れ皆難経の意なり。其の外諸書に見えたり。又曰くそれ人の身に陰中に陽あり、陽中に陰ありと云へり。何んとなれば周易に於いて坎の卦は水にして陰なり。故に上下の爻は離れて陰の卦なり。中は陽にして連なる。離の卦は火にして陽なり。故に上下の爻は陽にして連なる。中は離れて陰爻なり。是れ所謂、陰中の陽、陽中の陰と云ふものなり。故に人の身にも陰中に陽、陽中に陰ありと知るべし。是れ故に左は純ら陽なりといへども復た中に陰あり。何んとなれば動く所を陽とし静かなるものを陰とすと云へり。然る則は左の手は陽なれば勝れて動くことを得べきことなれども働くこと右に及ばず。是れ所謂陽中に陰有るに非ずや。右は極めて陰たりといへども復た中に陽あり。此の故は静かなるものを陰とすと云へり。右の手は陰なれば静かなるべきことなり。然れども働くこと左に勝れり。是れ所謂陰中に陽有りと知るべし。足も亦斯くの如し。気は陽、血は陰たりと雖も血病は左、気病は右にあり。是れ所謂陰中に陽病、陽中に陰病有りと云ふものなり。惣じて陰陽の事は数多有りと雖も略して是を記さず。類を以て推して識るべし。斯くの如く源を知りて其の後腹を候ふべし。
一、医師病人に臨んで腹を候ふに先づ左の手を以て病人の中脘の所に安き、呼吸四五息が間を候ひ、其の後臍下気海の所に安き、呼吸四五息の間是れを候ふ。上下の釣り合ひを見て元気の強き弱きを攷ふべし。惣じて腹に見る所数多有りと雖も略して此を記さず。案ずるに医師の手を以て腹の中を診るに手意に軽重あり。何んとなれば皮めに軽く押しては衛気を候ひ、重く押しては栄気を候ふ。故に軽重ありと云へり。是れ脉に浮中沈ある意なり。
伝に曰く腹を候ふて生死を識る事、八箇條あり。一には左右の肋の下より塊指し出で鳩尾端兜のしころ(革+周)の如し。二には中脘の上手を以て是を押すに碁石の如くなる物数多あり。三には臍下より動気衝き升りて左右を分かたず胸の裏に乱入なり。四には臍の廻り崖離れする者あり。五には臍の内より気海の辺に塊指し出る者あり。六には惣じて腹の内を診るに羅にて大豆を裏めるが如し。七には臍下気海の辺に筆の管の如くなる塊見ゆるなり。八には左右とも大横の穴と上の通り期門の所極めて陥く手を以て是を押すに滑にして力なし。大横の下五枢の穴の辺極めて陥く手を以て押すに力なし。斯くの如くなる者は終には死すと云へり。凡そ此の八箇條を以て考ふる則は生死を見ること数多有りと雖も推して識るべし。
又、伝に曰く左右の髀枢、足の腨内、手の尺部、肉脱るものは必ず死すこと遠からずと云へり。此の如くなることを辨へて医師たる人腹を候ふ則は必ず道に至るべしと伝に云へり。

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