『医学節要集』杉山和一著⑤ ~江戸時代の鍼灸の教科書~

三焦之事

夫れ三焦は水穀の道筋を主りて食物を墾す。則ち上焦中焦下焦の三つを合して三焦と云ふ。其の上焦中焦下焦の三に分くる事は天地人の三才のある意なり。然る則は腎間の動気は天に日月有るが如し。日月有るが如しとは譬へば草木滋ひ出で物の日に干して乾くと云うも是日月の恵みに非ずや。前に書き記す所は灯火を以て腎間の動気の事を云ふ。爰に専ら三焦を言ふ所以にして日月を以て諭とす。然る則は灯火有りて其の座敷明らかなりと云ふも亦日月の恵みに因て草木滋ひ出で物の日に干して燥くと云ふも同意なり。案ずるに三焦と腎間の動気とは元一体なりと雖も分かれたる所を以て是を譬ふるに、灯火ありて其の座敷明らかなる所、又、日月の恵みに因りて草木潤ひ物の日に干して乾く所、是れ則ち三焦なり。故に三焦遍満の気と云ふ。難経に曰く、三焦は名有りて形為し、泡の如く霧の如しと言ひしも此の意にて非ずや。三焦は医道の第一の口伝なれば其の理博して限りなし。故に大底を記すなり。霊枢十八篇又は難経三十一の難を見る則は審らかに知るべし。此の三焦と云ふは畢竟下焦が根本なり。下焦は直に腎間の部なり。

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