『医学節要集』杉山和一著⑧ ~江戸時代の鍼灸の教科書~

脉之事

夫れ脉は古は人迎気口を候て内傷・外感を診るなり。然るに其の後手の三部を以て一部に浮中沈を候ひ上焦・中焦・下焦・五臓・六腑を攷へて病の軽重・大過・不及・生死を識る。
寸口・関上・尺中を定むる事。先づ脉を候ふに脉所の高骨の正中を能く探りて医師の中指を以て高骨の下に当たる。是を関上と云ふ。高骨とは俗に云ふ踝の事なり。此の関上の所を能く定めて食指を取りて中指と並べて当たる。是を寸口と云ふ。関上の後ろに小指の次の指を当たる。是を尺中と云ふ。此の三所に三つの指を当てて浮けては腑の病を候ひ、押しては臓の病を知り、中に押しては胃の元気を診るなり。是を浮中沈と云ふ。寸口は上焦、陽にして天に象る、是に由りて胸より頭に至るまでの病を候ひ、関上は中焦、半陽半陰にして人に象る、是故に胸より臍に至るまでの病を候ひ、尺中は下焦、陰にして地に象る、故に臍より足に至るまでの病を候ふ。寸口を陽脉とし尺中を陰脉とす。故に関上は寸口と尺中との間、陰陽の界目と云へり。惣じて寸関尺の脉の座一寸九分と意得べし。さて丈高き人の脉を取るには医師の指を拡げて脉の座を広く取るなり。丈の小さき人の脉を取るには医師の指を狭く脉の座を詰めて取るべし。さて左の手の寸口の脉を心小腸と取り、関上の脉を肝胆と取り、尺中の脉を腎膀胱と取るなり。右の手の寸口の脉を肺大腸と取り、関上の脉を脾胃と取り、尺中の脉を命門三焦と取るなり。左の手の三部にて臓腑を診るに指を軽く浮けては小腸胆膀胱の三腑を候ひ指を重く押しては心肝腎の三臓を診るなり。右の手の三部にて臓腑を診るに指を軽く浮けては大腸胃三焦の三腑を診み、指を重く押しては肺脾命門の三臓を診るなり。腑は陽なるが故に軽く候ひ臓は陰なるが故に重く押すと知るべし。陽は外を主り陰は内を主るが故なり。
夫れ二十四脉七死の脉有りと雖も名医も是を取り分ける事成り難しと中華(もろこし)の書にも見へたり。然るに今の医師増してや况、唯、浮中沈遅数弦緊結伏人迎気口の八脉を取明(ぶんみゃう)に取り分くて病の源を知るべし。人迎の脉とは左の手の寸口と関上との間なり。此の説は王叔和が脉経に見えたり。然れども気口人迎の脉寸口関上の間一部にては見分くること成り難き。故は今是を撿議(せんぎ)して左の寸口を総て人迎と定め右の寸口を総て気口と定むるなり。然るに左の手の人迎の脉右の手の気口の脉より緊しく強く打たば外感の病と知るべし。外感とは外より入る病なり。譬へば四時の気、或ひは風寒暑気湿気、或ひは熱し燥く気等に中るの病なり。右の手の気口の脉、左の手の人迎の脉より緊く強く打たば内傷の病と識るべし。内傷とは内より傷れ損ずるなり。譬へば飲食等を過して腹中を損じ、或ひは忿を過して肝の臓を傷り、喜びを過して心の臓を傷り、憂ひを過して肺の臓を傷り、思を過して脾の臓を傷り、恐を過して腎の臓を傷り、知恵才覚を過して神を削るる類の病なり。能く攷へて取り分くべし。
浮脉とは浮て打つ脉なり。指を皮めに軽く浮けて取るべし。浮かんで力有るは風を引きて小鬢痛み項噤み身に熱気有りて眩暈意有りと知るべし。浮かんで力無きは虚して小便黄に汗し易く節々発熱来る病と知るべし。或ひは手の中熱き意有りと知るべし。
沈脉とは沈んで打つ脉なり。沈んで力有るは大便常に結し腹中に気積有り。実したる症と知るべし。沈んで力無きは或ひは土座など臥し惣身重く腰足痛み脹満出る人と知るべし。
遅脉とは遅く打つ脉なり。遅く打ちて力有るは寒邪に強く傷られ惣身指噤みて手足の端より冷え升る人と識るべし。遅く打ちて力無きは腎虚して養生をせず小便繁く下焦の寒たる人と知るべし。
数脉とは疾く数ある脉なり。疾く打ちて力有るは傷寒の発熱温病暑気の属(たぐひ)と知るべし。速く打ちて力無きは或ひは疔(ちょう)癰(よう)風(ふう)毒(どく)腫(しえ)瘡(かさ)癬(かゆ)疥(がり)の症と知るべし。故に此の四の脉を以て諸病を候ふ。
弦脉とは弓の弦を引き張りて指にて押す如くなるを云ふ。惣身筋ひき(手へんに勾)攣る則はこの脉なり。浮かんで弦なるは瘧の脉と知るべし。
緊脉とは糸の如く細く引きつり(手へんに勾)指に緊く尖にいらいらとする脉なり。寸口に緊脉有らば胸より上に痛み有りと知るべし。尺中に緊脉有らば下焦に痛み有りと知るべし。緊脉左の手に有る則は左に痛み有りと知るべし。緊脉右の手に有る則は右に痛み有りと知るべし。緊脉両の手に有る則は惣身に傷み有りと知るべし。凡そ此の弦緊の二脉の事は王安道が泝回集に詳らかなり。
結伏の二脉を以て血塊積聚を知る。結脉とは遅く打ちて間々に一度打ち切れ結ぼる脉を云ふ。伏脉とは少しも打たずして不審なるに由って指にて脉筋を強く排(をしひら)くやうにして取って見ればいかにも底に沈んで脉打つ如くなるを云ふ。然るに此の結伏の二脉左の手に打つ則は左の腹に積塊有りと知るべし。右の手に此の脉打たば右の腹に塊積有りと知るべし。此の脉両の手に打つ則は悪脉と知るべし。霍乱強く吐瀉有る人には伏脉有るものなり。脾胃を温め燥きたるを滋す療治にて次第に脉現るるものなり。又、常怔(むな)忡(さはぎ)して痰有り痛み有る人には結脉有るものなり。心を養ひ気を行らす療治にて次第に脉続くものなり。兎角悪脉か病脉かを能く分別して取り分くべし。
平脉とは則ち病なき人の脉の事なり。其の平脉と云ふは其の人の壮盛老弱に由って定る事なれども大体医師の呼息吸息を一息とす。然るに呼吸一息の呼息に二動、吸息に二動、呼吸息の間の湛る所に一動、都て呼吸一息の間に五動打つを平脈と云ふ。是を能く辨へて寒熱の脉を候ふに、平脉より微し疾きを熱有る脉と識り、平脉より微し遅きを寒たる脉と知る。又、気血の虚実を診るに平脈より微し強きを実とし、平脉より微し弱きは虚とす。然れども肥えたる人の脉は沈み痩せたる人の脉は浮くものなり。此の浮沈を攷へて平脉か病脉かを捉り分くべし。
夫れ初めて脉を候に男は左の手より脉取り初むるとなり。然る則は医師の右手を以て候ふべし。女は右の手より脉捉り初むるとなり。然る則は医師の左の手を以て候ふべし。然れども俗語にて書に見えざれば定め難し。男女倶左に心肝腎、右に肺脾命門の五臓有りと言へば男女を分かたず左の手より捉り初めても苦しからず。然れども、後世は俗に従ひて男は左、女は右の手より脉捉り初むべし。
男の脉は寸脉常に強く尺脉弱きを能き脉なりと誉めたり。是陽の主るが故なり。女の脉は寸脉常に弱く尺脉強きを能き脉なりと讃めたり。是陰の主るが故に此の如し。又曰く男の脉女の脉の如く打つは変なり。女の脉男の脉の如く打つも是も亦変なり。男の脉は常に太く女の脉は常に細し。是陰陽の道理なり。
さて女の脉を候ふて居経(つきよどみ)の煩いか妊娠脉を捉り分くること肝要なり。月水止まりて後平脉より微し弱く寸脉細に五動程打ち脉少しも絶せざるを妊娠脉と識るべし。三部の脉動くこと甚だしく押して産門に出るは是も妊娠類脉なり。産門とは尺中の外を云ふ。或ひは寸脉関脉能く整ふと雖も尺中ばかり指の下に渋りて絶するは居経の煩いなり。居経とは月水二月も三月も滞りて下り遂に孕めることなく気恒に煩はしく不食し思慮深く鬱有る症なり。是は血塊積聚の類と成るなり。
臨産離経の脉を候ふこと。離ははなるると訓み、経は常なりとあり。然れば常を離れたることなり。前に言ふ如く人の脉は呼吸一息の間に五動打つが常なり。然るに呼吸一息に六動打つは是は疾くして常を離れたるなり。又呼吸一息に三動打つは是も亦遅くして常を離れたるなり。常とは平脉を云ひ離とは平脈に違ひたるを云ふ意なり。或ひは復脉至極細く沈みて骨に附て打ち強く按せば底力有りて珠数玉などを撫で探る如く粒々と手に触るを亦離経の脉と云ふ。凡そ此の三種の脉は皆、臨産の脉なり。斯くの如くして其の後額に寒汗出で腰腹強く痛むならば出産有りと識るべし。又縦令腰腹痛むとも時々痛みも止み離経の脉見へざる則は生るべからず。医師見分くること肝要なり。
さて小児の脉は九歳より捉ると云ふ説も有り、七八歳より捉ると云ふ説も有り、又は五歳女は六歳より捉ると云ふ説も有り。然れども三歳より内は虎口の紋を見ると有る。然る則は四歳よりはや脉を候ふべし。其の時医師の大指を以て小児の寸関尺の三部を一つに診るに呼吸一息に七八動打つを平脉とし九動十動打つを病脉とす。又一説に六動打つを平脈とし七八動打つを病脉とす。此の説は呉崑が脉語に誌せり。虎口の紋の論は何れの書にも詳らかなるが故に略せり。又小児に額脉と云ふこと有り。小児生まれて半年の頃を候ひ、さて一歳よりは虎口の紋の論を見て寒熱が虚か実かを候ふべし。其の額脉とは額と云ふ字はひたいと訓むなり。其の時医師の手を以て小児の額の鋭眥の上通りに食指を上にして中指無名指三の指を横に並べて診るに三の指ながを熱きは風寒に冒さるる症なり。三の指ながを冷るは吐瀉有る症なり。食指ばかり熱きは胸の中苦しむ症なり。小指の次の指ばかり熱きは飲みたる乳消し兼ねる症なりと識るべし。又、小指の次の指と中指と二つ熱せば驚風の下地なるべし。食指と中指と二つ熱きは上熱し下寒る症なりと知るべし。凡そ此の額脉の事は医学入門に見へたり。
托物(つきもの)祟物(たたりもの)の脉を識ること。脉の来る度毎に或ひは太く或ひは細く或ひは疾く或ひは遅く遂に定まらざる脉の容は皆托物の為なり。托物とは狐狸惣じて獣或ひは天地の悪気に中りなどする類。皆人に禍を為すものなり。祟物とは宗廟神霊の祟りなるべし。脉の意得、各々同じ事なり。
悪脉とは假へば病は熱して脉は遅く病は寒て脉は疾きの類、病と脉と相違なるを云ふ。内経に曰く病脉相反する者死するとは是なり。其の脉或ひは切れ或ひは続き或ひは結れ或ひは解けなどする類、皆死脉なり。
二十四脉とは七表八裏九道の事なり。七表とは浮・芤・滑・実・弦・緊・洪。八裏とは微・沈・緩・濇・遅・伏・軟・弱。九道の脉とは細・数・動・虚・促・結・代・散・革。七死脉とは弾石・解索・雀啄・屋漏・蝦游・魚翔・釜沸。弾石とは指にて小石を弾き除くる意なり。脉の容、医師の指に堅く当たる程に強く押して尋ね診るに指の下に散り失せて無き様なり。解索は譬へば草本の枝などを縄にて結ひ束ねたる其の結ひ縄の打ち解けて結ひたる枝の打ち乱るるが如く脉に締まりなく捌けて二筋にも三筋にも打つ脉なり。雀啄は雀の啄むが如く脉、啄々と三動も五動も打つかと思へば透きと切れて暫く間有りて復た右の如く打つを云ふ。鳥の餌食する如く嘴にてちょくちょくと啐(つつ)き急に止めて頭を挙げて居て復たちょくちょくと為るなり。是に肖たるが故に名づく。屋漏は脉一動打ち四五動打つ程も間を置きもはや脉切れたるかと思へば復た打つなり。間の久しく切る脉なり。雨漏り隕つる容なり。蝦遊は脉の容三部ともに浮脉にして浮かみて打つかと思へば間に不図沈みもはや浮かみ出ず歟と思へば復た不図浮かみ出る脉なり。蝦蟇の水の上を游ぐ状なり。又一説に蝦の游ぐとも有り。魚翔は脉の状三部等しからず。寸関は無くして尺中ばかり幽に有るかと思へば無し、無きかと思へば復た微しちらつき根の無き脉なり。釜沸は釜の湯の湧き返るが如く尺脉より進み升ること煩々と指の下に張り揚ぐるやうに蠕きて打つ脉なり。
惣じて此の篇の初めに人迎気口の脉を候ふて内傷外感を識ると言ひしは何んとなれば夫れ内外の陰陽を定むるに外を陽とし内を陰とす。故に外感は外より入る病たるを以て陽とし、内傷は内より出る病たるを以て陰病とす。然るに人迎は足の陽明胃の経の穴にして喉の両傍動脉躍る所なり。夫れ胃の腑は六腑の大元なりと云ふ。是故に人迎の脉にて六腑を候ひ外感を診む。是六腑は陽たるが故に此の如し。古、気口の脉と云ひしは今医師の候ふ所の寸関尺の三部を左右ともに都て気口と云へり。然るに内経に於いて此の気口の脉を捉りて五臓を候ひ内傷を知るとは何んとなれば気口の脉は手の大陰肺経の流るる所なり。然るに肺は百脉を朝会すと内経に見へたり。其の百脉を朝会すとは諸経の気の聚る所と云ふ意なり。是を以て気口の脉は諸経の気のみな聚る所たるが故に五臓を候ひ内傷を知ると内経に見へたり。是れ皆、五臓は陰六腑は陽たるが故に斯くの如し。惣じて内経には喉の人迎、手の気口、足の太谿跗上の脉を捉りて上焦中焦下焦を候ふたり。然るに其の後、寸関尺の三部の脉を捉りて五臓六腑上焦中焦下焦を候ふことは難経に於いて越人の発明たり。然れども古の気口人迎の二脉を左右の手に摸して人迎気口と號くることは越人未だ定めず。故に難経の後に晋の王叔和が脉経に気口人迎を論じて曰く左の寸口と関上との間を人迎と定め右の寸口と関上との間を気口と定むるなり。惣じて脉の事は内経・難経を暁めてその後、王叔和が脉経を閲る則は審らかに知るべし。

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