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『鍼灸医術の門』 柳谷素霊著

第十節 鍼灸治療方法の種々相

 鍼灸治療の実際を眺めると実際種々な方法のあることに気がつくであらう。一つの疾病、病証に対して種々雑多なやりかたがある、古書に於いても、その指示が、病類に示してある通りであるが、これ又種々なる方法がある、こゝで我々はこれ等の治療法が何を指示してゐるか、探求して見ねばならぬ訳である。
 よく何病に対して何んの穴を用ふるとは、古書の示してゐるところであるが、初学の人は古典の通りに行ふて万全を期し得ると考へてゐるとせば危険である。これは医家の「治療医典」の取扱ひの如きものであつて、「治療医典」を取扱ひ、そこより摘出する治療法を掴み出すには、掴み出す側の撰択知識が必要なのである、これは基礎的知識であり、臨床的経験である、ズブの素人が医者の使ふ「治療医典」を大事ごせうに大切がつたところで撰択眼を持たねば猫に小判である、撰択眼が即ち基礎知識である。
 古典に載せられてある病証の治方は採者たる鍼灸術者に一応基礎知識あるものとして述べられてゐることを忘れてはならぬ 、規範のない人には、そのまゝ古典通り行ふことは、全く鵜の真似をする鳥の類である。
 ところが、実際はこのやうな鵜の真似をする鳥がそんじよそこらにうようよいてゐるからこそ、鍼灸術の真価が失はれ、その真の治療力が出渋るのである。
 馬鹿のーつ覚えといふ俗言があるが、一つの方法、事柄で万事に通じようとするから間違ひが起るのである。ところが、御本人はそうは考へない。これで治らぬのは自分のせいではなく、鍼灸の治療を受ける病人のせいと軽く考へてゐるところに間違ひのもとがある。
 人間は有機的なものであり、皆出来が異る、体質、素質、生活、環境、気候、風土、病気、病状、新久等によつて皆異るのである。異る相手をかわらぬものと考へるから、そもそも間違ふのである。
 ところが世間は広いもので、このやうな一方法でのみの施術しかせぬのに門前市を為すの盛況を見せてゐる業者は決して少くないこれは我国の随処に見られる現象である。即ち「治らぬものは自分の治療に合はぬものか、どこに行つても治らぬ病」だとばかり、すまし込んでゐられゝば無事安泰である、この一流儀の治療法に適合する病人病証のみが治るといふ訳けである。これでは鍼灸される病人こそいゝ面の皮である。金は取られる病気は癒らぬでは立つ瀬があるまい。
 真の鍼灸家は如何にしてこの病人を治すべきかに心胆をくだかねばならぬ、一方法のみで病気が治るものならば世に苦労はいらぬ筈である。我々は何んでもよい、 病気を治せぱよいのである。病気を治す方法をこの故に種々に知つてゐねばならぬと主張するは当然ではないか。
 然もその方法が必然的に用いられるに至つた理論をはつきりと自覚する基礎知見を持つてゐねぱならない筈である、こゝに我々の古典的医術の提唱があるのである。
 万人に対し万法を用ふによつて適正なる手技を施し、治療せしめんとするのが、即ち「経絡治療」の要諦なのである、けれども世に流行する所謂名家がある。こゝに、その概要を紹介することゝする。猶ほこれ等を点検するに、いづれはこの源を古人先哲の或る証に使用したものであることを歴史的に之を研究すれぱ明白となることであつて、現代の世に、独創独自の工夫創見と考へてゐるものがあつてもこれは歴史的系列のどれかに属することは、温故知新の今更ながら貴きことを泌々と感得するであらう、我々はこれを事実について検討してみたいと思ふ。

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