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『鍼灸医術の門』 柳谷素霊著

第十ニ節 鍼灸技術の稽古

 鍼は一本の針金であり、灸は艾を燃焼させるだけである。 至極簡単な治療法である、だから原始的な治療法だなんて云はれるのである、簡単であるからキキメがないといふ人があつたら、それは誤りである。和田東郭先生は「用法簡者、共術日精、用方繁者、其術日粗、以簡為粗以繁為精哀矣哉」といふてゐる、名言である。我々の使用する鍼は極めて簡である。これを以つて、凡ての病に応用して病を治そうとするのだから、その用は繁とならねばならず、手技が精とならねばならぬ訳である。灸にしてもその通りである。こゝに先哲は技術の稽古になみなみならぬ修練を積んだものであつた。
 熊本の鍼医太田隣斉先生は一本鍼で鳴した、チョンまげ姿に大刀を帯びて諸国を鍼の修業に歩るいている写真を見たが 一本の鍼を扱ふに、昔しの鍼医は十数年を修業にかけたものであつた。これは水府の西村流、千葉の八木下先生、東京の吉田弘道先生等皆然りであつた。
 太田隣斉先生の唯一の門人、尾田喜八氏が今でも熊本にをられるが、氏のお話では隣斉先生に入門し、三ケ年は座敷に入れられず、座敷の廊下に坐して、掌による(1)舟揉み、(2)腕によるあともみ、(3)両手によるもみわけ、(4)腹部のもみあげの稽古に一年位、後、管弾き、管捌き、片手取りを三年、綿枕への刺鍼が三ケ年、終つて銅人形へ十四経絡の経絡線を引き、大体の練習が終り、坐敷に入室を許されるのであつたといふ。 「要は稽古である、術を練ることである、腕が大切だ。病人が痛むといふても、こつちの見つけるところと違ふ、こつちの見るところが本当だ、病人のいふ通りにやるのではいかん、鍼は経をたどり経の感ずるところに刺すが鍼の道だ」と尾田喜八氏は言はれた。最近の治験に根治法として開腹手術をせねばならぬといふ右側卵巣嚢腫を所謂一本鍼で刺し、十分間位刺して治した。先づ気を伸べつらし、腫物(硬かつたら受合はぬといふ)の周囲に鍼尖を達せしめ、刺鍼転向の心持ちで四方にむけて刺す。それが終つたら、側臥させて腰へ引鍼するのである。帯脉、京門等にも刺すのである。熊本県立病院で肘関節炎でギプスをかけてゐたものを肩髃の鍼に一本鍼的に鍼し、後は脉による本治法で治したといつてゐた、全快してギプスが不要になつたので、尾田氏のもとに置いてあつた。かやうに鍼は簡なれど術精なれば不思義なる現実をあらはすことが出来るのである。
 昔は硬物通し、浮物通し、生物通しの練習をしたものであつた。

(一)硬物通し
 硬物通しとは桐、杉、樫の木の順序に初めは五厘位にしてこれに二番位の鍼で撚り通し、
に次に一分二分三分と漸次厚くし五分1寸に至つた、桐が済めぱ杉、杉板が済めば樫といふ風 堅木の稽古に及んだのである「雨滴穿石」といふことがある。ついにご盤に刺し火鉢をさへ刺通したと云はれてゐる。
 その撚る心は杉山和一先生の云はるゝやうに「蓮の糸を以つて鉄石を穿つが如く撚抜く」のであつた。これが済めぱ浮物通しである。

(二)浮物通し
 盤中に水を満たしめ果物を浮めこれに刺すのである。盤中の水外に出ても不可だし、果物沈みてもダメだといふ、ところが仲々刺さらないものである、重心をみつけても、今度は刺入が思ふやうに行かない、この稽古も一通りではない。

(三)生物通し
 浮物通しが経ると犬、猫に刺す、「睡猫に刺して覚醒せざる」をもつて上手となすのである。秋山流では三味線の糸をスポンジに通して、之に刺鍼し三味線の糸を刺し通すに至れば印可が下りたといふ。

(四)生体に於ける硬物通し
 何故に古人はこのやうな稽古をしたかといふに堅硬岩鉄の如き身体のものあり、病みてこるものあり、或は骨の如く硬きものあり、又は肋軟骨、恥骨軟骨の如きものを刺通す必要がある。かゝるとき「腕前」が出来てゐねぱそれ等の患者を到底扱へるものではない。この為めの稽古であつた。

(五)生体に於ける浮物通し
 浮物通しは生活体の精微に対し過誤なからしめん為であつた。喘息に扶突穴、天突穴、上肢肩背胸中の病に欠盆穴に刺すに当り、貴要臓器を内含する所であるから釐毫の差もあつてはならぬ、浮果の浮動する獲へ難きに似てゐる。気を得て補瀉する刺鍼にありてはかゝる練習を望まれたるは当然であつたらう。
 毛物とて生物である。生活体として人間に近い、気の往去を鍼下に知るは先づ、毛物を扱 ふが順序である。

(六)気の往来
 気の往来とは「鍼道発微」に「気のいたる事動脉のかたちの如く、又釣針へ魚のかゝるが如く、意をもつて是をうかがひ遠くめぐらす時はたとへば腰へ立てたる鍼手足へひびく、其のかたちいなづまの如く花火のごとし、又久しくとどめて進退するときは其の気の往来すること炮玉の発するがごとし、其のひゞき総身に通ず、其術誠に妙なり、かゝるが故に邪を瀉し精をとゝのふること自在を得ぺし」といふてゐる通り。
 鍼灸要法指南に「鍼の枢要とするところ気也、気は正気なり、意を密かにして鍼尖を候ふに冥々として其形知がたし、たとへば魚の鉤を呑んで浮沈動揺するが如く鍼尖動き渋る是を気の来るといふ。気至れば鍼を留ることなかれ、真気脱する故也、気の来らずと云ふは豆腐に刺が如くにして力なし、鍼尖を動揺し弾振すれば気至る也、是を催気といふ」とある。
 気の往来は(1)沈緊を覚え、(2)動気す、(3)動揺する、(4)浮動する、(5)沈渋する、(6)重温を覚ゆ、(7)覚熟、(8)覚清涼、(9)鍼自動等で表現されてゐる。
 かやうなる気の往来を押手、刺手にて知るに至れば一人前の鍼医といふことが出来る。
 この稽古中常に気構へ心構へ体作りをやかましくいふ、気海丹田に力を入れ、禅室に入るの気持ちで、半眼以つて暮夕を考へず、ひたすら鍼に全精神をつけるのである。蚊でさへ、将に刺さんとするとき体作りをし、足をふん張り、垂直に針を皮膚に立て、徐々に挿入するではないか、霊枢終始篇に「鍼を刺す時は視ることなく、聴くことなく、言ふ事なく、働くことなく、只意を密かにして鍼尖に心をつけ気の去来を候ふべし」とある。これ等自然の妙理に直参せずして理を論ずればとて詮ないことである。
 内経に「薄氷を履むが如く」「手に湯を捜るが如く」「手に虎を握るが如く」とある、鍼を持て剛弱を示すものにして、「極めて堅く敢へてゆるさざるを佳とする、堅ければ病に中る事疾し、但偏えに堅きを佳とするに非ず、忽がせにすべからず」(鍼灸要法)といふてゐる言葉は味ふべき言である。
 鍼は心である、深く慮んぱかるべきである。一本の鍼にて万病の錠前を開く、技に於いて精巧ならざるを得ないのは当然である。

(七)浮水六法
 管鍼法に於ける弾入もその通りである、浮水六法といふて遅、緩、数の三法に軽重(陰陽)が入り六法となるのである。
  (1)軽遅は鍼を陽に軽く四つ打つて弾入する。
  (2)重遅は陰に重く四つ打つて弾入する。
  (3)軽緩は陽に軽く五つ打つて弾入する。
  (4)重緩は陰に軽く五つ打つて弾入する。
  (5)軽数は陽に軽く六つ打つて弾入する。
  (6)重数は陰に重く六つ打つて弾き入れるのである。 これは「杉山真伝流」の弾入であるが、普通はトン、トン、トン、トトン、トン、と初めは陽に打つて、後に陰に打つのである。
 太田流の弾入は陽打六辺、陰打三辺に入れる。
 又片手管捌きは片手挿管法で要領は鍼管に鍼柄頭をひつかけ、鍼柄の重さで管中にすべり込ませ平らにして鍼柄を拇指と示指で撮むのである。それも稽古すればたやすく出来るものである。要は術を練れば出来るのである。弾入の叩き方は鍼柄頭に垂直に当るやうに、鍼体の弾力より弱い力で加ふべきである。(垂直に鍼柄頭に当るやうにすれば線香でも鍼は刺入出来るものだ)かくして、
 (1)弾入無痛。
 (2)刺入無痛。
 (3)抜去に無痛。
 (4)鍼曲らず。
 (5)刺抜の時間早きを上手と為すのである。これに実地では気の往来がわかれば上工とされるのである。

(八)灸の稽古
 灸にしてもその通りである。ただ艾を撮んで皮慮につければよいといふものではない。糸状艾炷、半米粒大、米粒大、小豆大、大豆大等の艾炷を均等の大さに撮む練習をせねぱならぬ、艾炷の作り方は(1)同じ高さ、(2)同じ直径、(3)同じ重量、(4)同じ硬度、(5)同じ底面を持つ円柱状又はピラミツト状の艾炷を出来るだけ早く作る稽古をせねぱならぬ、練習には早いほどよい、板とかビンとかに着けるのである。米粒大で一分間に三十個位着けぱ先づ一人前である。板やビンにつけるには塩水又は消毒液を浸した海綿か海綿様のゴムに指頭をつけ、この液を施灸点につけて、それに艾をくつつけるのである。
 線香で火を移すにも又コツがある。灰のついてゐる線香で火をつけやうとすれぱ艾を釣り上げる、だから、灰をよくとつて、艾頭に火をつける際、線香をちよつと廻すやうにすれば、ころばすことも、釣り上げることも少ないものである。これも練習である。
 かやうに、あらかじめ練習して病人に臨めば憶することなく手術が出来るものである。
 かくして技術手い入れぱ石坂宗哲ではないが、「死物たる針を活物に応用」出来ることになるのである、こゝで針金に過ぎない一本の鍼が万病に対して、万薬のはたらきをすることが出来るから、万病に応用して、その病を治すこをが出来る訳なのである。
 天源に出でたる天恵の術たるを、鍼に於いて我々はこゝではつきりと認め確め得るであらう。

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