経絡治療について

経絡治療成立までの歴史

 飛鳥時代に鍼灸が伝来して以来、日本では『黄帝内経』や『難経』といった文献を基にして鍼灸治療が行われ、普及、発展してきていました。江戸時代には管鍼法が開発され痛みの少ない鍼治療が出来るようになるなど、日本独自の発展を遂げていました。しかし、明治以降、政府の方針により医学が西洋化されてしまいました。この影響をうけて、鍼灸治療も西洋医学的な見地をもとに、経穴けいけつ(いわゆるツボ)の改訂などが行われ、治療内容もこの症状にこのツボといった形の治療となり、伝統を無視した治療へと変化していってしまいました。昭和に入る頃には、東洋医学の伝統が途絶えかけていました。
 このような状況に危機感をおぼえた昭和初期の一部の鍼灸師達が、東洋医学に基づいた鍼灸を復興しようとの志をもって研究にあたりました。当時わずかに残る古典を基にした鍼灸を行う先達に教えをうけつつ、東洋医学の古典(『黄帝内経』や『難経』等)をもとにして、治療方法を纏めていったものが「経絡治療」という治療システムです。経絡治療の名称はこのときに出来たものですが、内容は伝統的な日本鍼灸を受け継いだものです。

特徴

経絡治療では現在の身体の状態を判断してをたてます。この証に対して治療を行います(随証療法)。
とは身体の状態を表したものです。

臓腑のどこが悪いのか?
虚実はどうか?
熱があるのか?
冷えているのか?

といったことを東洋医学的な診断方法をもちいて決めたものです。証を決めることができれば、治療を行うことが出来ます。

対症療法との違い

経絡治療は、前述のとおり「証」をもとに施術を行いますが、これは通常の対症療法的な治療とどこが違うのかを簡単に記載します。
例えば、「頭痛」の症状があったとします。この場合、いわゆる対症療法的な治療の場合は、頭痛に効く経穴(ツボ)に施術を行って終了となります。本質的な原因となっている所の治療は行われちない為、どうしても再発しやすくなってしまいます。
経絡治療の場合、体のどこが悪いのか(証)を決めて施術を行います。
例えば胃の働きが悪くなって氣が頭に上がってしまい、頭痛がしているといった状況の場合は、胃の働きをよくして氣を下げるように施術をします。これによって頭痛の症状が良くなり、再発もしないことを目指します。
同じ頭痛でも、肝の働きが悪くなっいる場合は、肝の働きをよくするように施術をおこないます。
このように、同じ「頭痛」という症状でも、五臓六腑の悪いところが異なるため、使用する経穴が異なってきます。なおこういった根本の治療を行うことを本治法といいます。

証の決め方

経絡治療では、(ぼう)・(ぶん)・(もん)・(せつ)という四種の診断方法を用いて証をたてます。

㊀ 望とは
患者さんを見て、状態を知ることを望診(ぼうしん)といいます。全体を見たり、舌を見たり(舌診)します。

㊁ 聞とは
声の調子を聞いたり、話し方の調子などで状態を診断することを聞診(ぶんしん)といいます。また、体臭や口臭、排泄物の臭いなどで診断を行うのも聞診になります。

㊂ 問とは
一般的に知られている問診(もんしん)です。問診は症状についてや病歴や日常生活についてなどを聴いて状態を判断します。経絡治療の問診では西洋医学ではあまり訊かれないような症状と関係なさそうなことも訊かれることがありますが、これも証をたてるために必要なことです。

㊃ 切とは
身体に触れて状態を知ることを切診(せっしん)といいます。
お腹にふれて状態診る腹診やみゃく(脈)を診る脉診(脈診)、経絡に沿って触って状態を見る切経などがあります。これ等をあわせて使います。
経絡治療では特に脉診を重視します。経絡治療で行う脉診は手首の脉を診ることで証をきめる方法です。六部定位脉診と脉状診という二つの方法があり、これ等を合わせて身体の臓腑のどこが悪いかを決めます。
※手首の脉だけで決めるという方法は2000年近く前に書かれた『難経』と言う本が原典になります。もう少し前の時代にかかれた『黄帝内経』ではまだこの方法は現れていません。

証の決定
望聞問切の四つの方法を合わせて証を決めていきます。
西洋医学のように客観的な詳細なデータなどは分かりませんが、西洋医学とは異なる東洋医学での問題点を発見して証をたてることができます。例えば「具合が悪いので病院で検査をしたが、何も異常が無いといわれた…」といったことは、よく聞く話ですが、このような場合でも大抵の場合、証をたて治療を行うことが出来ます。
原始的でかつ主観的な方法で決めるため、客観性がなく科学的ではありません。しかしながら、東洋医学ではこのような方法で古来より診断を行い、それが続いてきていることを考えると一定の価値があると考えられます。

施術

このように四診で証をたてることができれば、経絡治療のシステムに基づいて鍼灸治療をおこないます。
施術には、本治法と標治法という二つの系統があります。

本治法

四診でたてた証に基づいて、根本的な氣の巡りを調整し、臓腑の虚実を整えます。
虚の状態であれば、虚した部分を補い、実の状態であれば、実にたいして瀉法をおこない、全体の調整をおこないます。
『難経』と言う本の「六十九難」に「虚するものは其の母を補い、実するものは其の子を瀉す」とのフレーズがでてきます。これは、虚している臓腑があれば、その母(五行関係で母にあたる経穴)を補い、実していればその子(五行関係で子にあたる経穴)を瀉せば良いということを説明しています。このような古典的な陰陽五行論の関係性をベースにして経穴の特性(五行穴)を考えながら施術をおこなっていきます。これには主に手足のツボを使います。これにより根本的な問題が改善され、全身的な体調が整います。それにより自然治癒力が高まり、症状が早く治るようになっていきます。

標治法

症状を対象にして、症状を抑え楽にしていくことを目的におこなう治療です。標治法のみでも楽になることもあるのですが、本治法を同時に行っておくことにより、より効果的になります。

本治法と標治法を組み合わせて、本治法を重視しながら治療していくのが経絡治療なのです。

注意点

本治法と標治法を組み合わせて、より効果的な施術を目指しているのが経絡治療ですが、施術と同時に生活の見直しも必要になってくることが多くあります。
例えば、毎日無理をして限界まで働き続けて「肝」の働きが悪くなり、その結果として頭痛が出ていたとします。一度悪くなってしまうと、少し休んでもなかなか治りません。つらい日々が続き、そこで経絡治療をうけてよくなったとします。
ここで今までの生活の無理に気づき、生活を改めていけば完治できるでしょう。しかしながら、症状が治まった所で今まで通りの生活に戻って、再び無理を続ければ、再発して以前よりもさらに悪くなっていきます。
経絡治療で五臓六腑の調整を行ったとしても、五臓六腑を乱れさせる原因が生活にあった場合は生活の改善が必要になります。この部分をしっかりと理解して体をよくしていきましょう。

まとめ

経絡治療は昭和初期に江戸期以前の伝統的な鍼灸治療の復興を目指して再構成された治療法です。
随証療法であるというのが特徴です。(経絡治療に限るものではありませんが西洋医学とは異なります)
すなわち、

四診(望聞問切)を用いてを決める。
 ⇩
にもとづいて本治法および標治法を行う。
 ⇩
全身の氣の巡りが整い、症状が治っていく。

といった鍼灸治療を行うことが経絡治療です。