鍼灸は数千年前の中国大陸で始まった施術方法といわれています。残念ながら記録が残っていないため、実際に始まったのがいつなのかは正確には分かりません。もともとは砭石と呼ばれる尖った石を使っていたようです。その後、石から骨や竹、そして金属の鍼に変化していったようです。鍼灸等の東洋医学に関連する書籍の原典とされるのが『黄帝内経』とよばれる書物です。これがおよそ2000年前に書かれたと言われており、このころまでに鍼灸施術の体系が作られたと言えます。東洋医学では体の中を「氣」「血」「津液」がめぐっていてこれが滞ると病になるとの考え(参考)が基本となっています。そして、特に「氣」を対象として高い効果を上げるのが鍼灸と考えられ、鍼灸の施術の技術が作られました。
日本では飛鳥時代の頃に鍼灸の施術が伝わったと言われています。その後、千数百年の間、日本でも鍼灸が行われていました。特に江戸時代に飛躍的に発展を遂げました。
このような技術がだんだんと進化や変化をしながら続いてきたものが現代の鍼灸です。
西洋医学が主となった現在では鍼灸の刺激によって体がどのような反応を起こすかがある程度までは科学的に解明されつつあります。例えば、エンドルフィン等を分泌させることにより痛みをあまり感じなくさせる効果、体に傷をつけることにより、それを治そうとする体の反応によって血流を改善する効果、お灸を据えることにより火傷をつくり、それによって白血球の働きが高まるといった実験結果などがあります。しかしながら、まだ完全に解明されているわけではありません。
それでは、鍼、灸、についてそれぞれ簡単に説明していきましょう。
鍼(はり)
写真1.管鍼法
鍼は、施術用の鍼を体に刺したり皮膚の表面に触れたりすることにより刺激を与え、これによって体に変化を起こして治癒を促す施術方法です。当院で使用している毫鍼(一般的な刺入する鍼)は日本式の和鍼です。これは、髪の毛のように細いもので、中国鍼に比べ刺入時の痛みが少ないのが特徴です。この細い鍼を刺すために生み出された日本独自の刺し方に管鍼法というものがあります。これは鍼を管に通して曲がりにくくし、管から飛び出た鍼柄を指でトントンと叩くことによって刺します。これにより痛みに敏感な皮膚の層を鍼先が瞬時に通り、ほとんど痛みを感じることがないのです(管鍼法・右上写真)。江戸時代の杉山和一検校によって生み出された方法と言われています。
鍼が特に効果的なのは、「氣」のめぐりを調整することです。東洋医学では身体に「氣」「血」「水」がめぐっていると考えます。健康な時は、この循環が正常であり、病になっているときは循環に問題が発生していると考えます。病はまず氣のめぐりの異常からはじまり、その後、血・水のめぐりに問題が発生し、その後に器質的な問題となっていくと考えます。したがって「氣」のめぐりの異常の段階で鍼治療を行うと比較的早く治ることが多いと言えます。
氣のめぐりが悪くなっているとはどういう状態かというと、例えば局所で考えた場合、皆さんがよく自覚する凝りや張りのある部分などがそれにあたります。氣のめぐりがわるいため、凝り・張りになっているのです。鍼により、氣の流れを良くして、その凝りや張りを取り除き、本来の健康な身体を取り戻す手助けができるのです。
また、科学的な解明は未だ100%ではありませんが、神経、ホルモン分泌、血液循環、免疫など、さまざまな身体の働きに関与して、健康状態を回復させていることがわかってきています。
灸(きゅう)
写真2.透熱灸
灸は、蓬の葉を原材料として加工した艾を燃やし、皮膚に温熱刺激を与える治療法です。灸は特に冷えの治療に適しているといわれています。
灸は様々な方法で施術されます。その時の経穴(いわゆるツボ)の状態に合わせて施術方法を選びます。
身体の中で、凝りや張りのある部分を「実」といい、逆に力がなくふにゃっとしている部分を「虚」といいます。 「実」には、大きめの艾を心地良い暖かさまで燃やし、熱くなる手前で取り除く治療で、コリや張りを緩めます(知熱灸・写真3)。 逆に「虚」には、米粒より小さくひねった艾を直接皮膚の上で燃やし、お灸の熱を穴の深部にまで浸透させます(透熱灸・写真2)。 「虚」の部分は冷えているため、高温でも意外と気持ち良く感じます。
氣の流れを統括する大事な穴が虚している場合には、棒灸を体表から数㎝ほど離れるように温灸器にセットして体表に当て、比較的広い範囲を十数分間ほど長めに温めることにより、氣を補うことで氣の流れを調整する施術法を行います(温灸・写真4)。
写真3.知熱灸
写真4.温灸
補瀉(ほしゃ)
鍼と灸の使い分け
写真5.灸頭鍼
鍼灸はその使い方によって、実を瀉すことも、虚を補すこともできますが、特に鍼は、どちらかというと、環境の変動などに適応できずに起こる、発熱や痛み、コリなどを取り除く「瀉法」に適しています。 反対に灸は、身体の「氣」が不足して起こる、冷えや慢性疾患、疲労、気力減退などに対し、「氣」を補う「補法」に適しています。
また、身体の病的な状態の中には、表面は力がなく虚しているが、深部にコリがあるという場合もあります。そんな時はコリの部分まで鍼を刺入し、鍼の柄の部に艾を着けて燃やして、表面の力不足の虚を補す施術法(灸頭鍼・右写真)といった方法もあります。その灸頭鍼の気持ち良さは、赤外線などでは代用できないほどです。
適応症
WHO(世界保健機関)では、以下に示す疾患を鍼の適応症として挙げています。
なお、WHOがこれ等すべてに鍼治療の効果を確認したという訳ではありません。鍼治療を行ってみる対象疾患として、これらを挙げているものです。参考になるかと思いますので表を記載いたします。
WHOによる鍼の適応症の一覧表
分類 | 項目 |
---|---|
神経系疾患 | 神経痛・神経麻痺・痙攣・脳卒中後遺症・自律神経失調症・頭痛・めまい・不眠・神経症・ノイローゼ・ヒステリー等 |
運動器系疾患 | 関節炎・リウマチ・頚肩腕症候群・頚椎捻挫後遺症・五十肩・腱鞘炎・腰痛・外傷の後遺症(骨折、打撲、むちうち、捻挫)等 |
循環器系疾患 | 心臓神経症・動脈硬化症・高血圧低血圧症・動悸・息切れ等 |
呼吸器系疾患 | 気管支炎・喘息・風邪および予防等 |
消化器系疾患 | 胃腸病(胃炎、消化不良、胃下垂、胃酸過多、下痢、便秘)・胆嚢炎・肝機能障害・肝炎・胃十二指腸潰瘍・痔疾等 |
代謝内分秘系疾患 | バセドウ病・糖尿病・痛風・脚気・貧血等 |
泌尿・生殖器系疾患 | 膀胱炎・尿道炎・性機能障害・尿閉・腎炎・前立腺肥大・陰萎等 |
婦人科系疾患 | 更年期障害・乳腺炎・白帯下・生理痛・月経不順・冷え性・血の道・不妊症等 |
耳鼻咽喉科系疾患 | 中耳炎・耳鳴・難聴・メニエール病・鼻出血・鼻炎・蓄膿症・咽喉頭炎・扁桃炎等 |
眼科系疾患 | 眼精疲労・仮性近視・結膜炎・疲れ目・かすみ目・ものもらい等 |
小児科疾患 | 小児神経症(夜泣き、かんのむし、夜驚、消化不良、偏食、食欲不振、不眠)・小児喘息・アレルギー性湿疹・耳下腺炎・夜尿症・虚弱体質の改善等 |
いずれにしても、鍼灸は「病」を直接治療するのではなく、体調を改善(自律神経の安定・免疫の向上・血行の改善等)させることで自然治癒力を高め、自らの力で「病」を治癒していく手助けをするものです。そのため適応範囲は広く、様々な体調不良に対して施術可能だと言えます。昔から多くの症状に対して鍼灸が行われてきました。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。
当院で行う経絡治療について
現在の日本では様々な方式の鍼灸の施術方法があります。主だったものとしては、現代の生理学・解剖学に基づいた東洋医学理論には従わない現代鍼灸、現代の中国で再構成された中医学に基づいた中国式の鍼灸、そして昭和初期の日本で伝統鍼灸の復興をめざして再構成された経絡治療といったものがあげられます。
それぞれ、各種の特徴があり、どれが優れているとはいえない状態です。しかしながら、私の個人的には日本伝統の極細鍼を用いた優しい刺激がメインとなっている経絡治療の施術が好みです。その為、当院では経絡治療をベースとした鍼灸の施術を行っております。
鍼に低周波の電気を流す強い刺激で疲れてしまった方や、太い鍼を用いた強烈な刺激が辛いと感じた方、鍼治療を嫌がらずに、ぜひ一度、優しい刺激の経絡治療を体感してみてください。
経絡治療についてはこちらに簡単にまとめてみました。
鍼灸治療に用いる道具について
当院のブログの以下のページに簡単に記載してみました。
経絡・経穴について
当院のブログの以下のページに記載しています。
自宅での施灸用のお灸の紹介
その他、東洋医学に関して
もう少し東洋医学や鍼灸に関して興味がございましたら、当院のブログやSNSをご覧ください。東洋医学や鍼灸に関して少しずつ記事を書いていく予定です。